くまに追いつくblog

ぐいっと一日、2話ブログ

金剛山登山から学ぶ人生の件 その2

登山から学んで記録しておきたいことがもうひとつある。

苦労と感動は比例するということ。

金剛山は1100メートル級の山。

 

1ヶ月前には同じような山に登ったのだけど、今回の登山は、

そのときの感動↓には及ばなかった。

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(そのときの感動イメージ)

 

1ヶ月前の山は、初めての一人での登山だった。装備も十分でなく、

雨のなか必死になって登った。寒冷蕁麻疹が出ても、悪天候で足場が悪くって

ひとり「あーしんど」とつぶやきながらも、登った。

山頂に着いて、靄が真っ白にかかっていて何も回りは見れなかったけど、

「おっしゃー」と自然と叫んでしまった。

やればできんだよ俺は!と内面から湧き出る感情から、

人目はばからず(といっても人はいないが)大声を出して感動していた。

 

人から見たら大したことではないと思う。たかが1100メートル級の山だ。

子供でも登れるのだろう、といまであれば思う。でも登っている最中はそんなことを

考える暇もなかった、ただしんどいしんどいと思いながらも一人で登っていった。

ときどき後ろを振り返って、よくここまで登ったもんだと自分を褒めながら登っていった。

 

自分の限界を超えていく。これが強い喜びに感じるのだろう。

たとえ、誰も見ていなくてもその記録が世界に誇るものでなくても。

いままでは、自分は、誰かの注目を浴びなければ幸せを感じない人間である

と思っていた。

 

松下幸之助さんはこういった。

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上には上がいる。

 

それは悲しい現実だし、時に残念に思ったり何で自分にはあの才能が

ないのかって悩みに悩んだりもする。

でも、自分の器は誰にもわからない。本来器の大きさや深さが決まっているものなのか

どうかはわからないけれど、せめて器の大きさまでたどり着く努力をしているか、

それが幸せにつながることであればなおさらだ。

 

自分の限界を超えて何かを達成する、久しくやれていない人はぜひやってほしい。

俺も継続してできるようがんばりますから。

 

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くまに追いつく。

 

人生と仕事について知っておいてほしいこと

人生と仕事について知っておいてほしいこと

 

 

 

イメージ作りのために必要な、嘘と捨象の使い方の件

そうかいそうかい、嘘はいけないのかい。

僕は、子供のころから正直な僕は小さな嘘をつくこと、それに順ずること(たとえば、あえて肝心な情報を言わないこと)にでも罪悪感を感じる子だった。皆さんのうち半分の方はそうじゃないでしょうか?


もう半分は、その場が楽しく、または、相手にわかりやすく伝わればいい、と勇気を持って器用に情報を加工できる方々。


そんな正直派と器用派の2派が対立する構図は、ついつい関心を持ってしまう。


たとえば、以下リンクのように、正直派が事実に基づく分析を通じ、わかりやすく情報を発信しているはずの器用派の主張のほころびを明らかにしている。


「イケダハヤトの収支を分析してみたら、年間所得は推定560万ぐらいだった」なぜ彼は年商を語りたがるのか? - さようなら、憂鬱な木曜日


「ドラマのやましい謎を紐解いて犯人を問い詰める」みたいな爽快感を感じる。

(本件に関しては、元データも十分と言えないなかの推定なのでそもそも「ほころび」と言えるかは疑問だけど…新鮮な切り口からの分析で面白かった!一定の人がそう思ったから記事ランキング上位に食い込んだのでしょう。)

  

2派の対立は逆も然り。


ぐだぐだ説明している正直派に対して、器用派が、要するにこうですね?と要らない情報を捨象して、論点を明確にすることは爽快感がある。橋下元大阪市長のイメージでしょうか。


会社でもこの捨象行為はつくづく身につけるべきスキルだと感じる。

社会人となり、多くの異なる部署や個性をもった人々に説明する際には、ある程度不要な情報を思い切って捨ててしまわないと、

主張したい内容が10のうち1、2割程度しか相手に伝わらない

 

でもそれは嘘じゃない。捨象しているだけだ。

たとえば、漫画でも小説でも主人公は大体一人だ。1シーンごとに一人に焦点を当てて説明がされることが多い。

そのとき、脇役A、B、Cもしくは敵方D、Eの説明をしていたら

大事な一番伝えたい主人公の説明は他の文章に埋もれてしまう。伝えたい肝心なことが伝わらない。印象に残らない。

 

嘘にはならない程度に、自身の伝えたいことを過不足なく切り取る。

この作業にオリジナリティが出るのであろうし、読み手•聴き手を思う、書き手•語り手の想像力がためされているのだと思う。

 

極端な内容にすればするほど、売れる商品になるとは、幻冬舎の社長さんもインタビューで言っていたが、社内でも「売れる」意見となるには、捨象された極端さが必要なのだろう。

 

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くまに追いつき、追い越せ。

金剛山登山から学ぶ人生の件

金剛山、それは…

それは大阪南方に位置する標高1100メートルの山。

南海線河内長野駅からバスで揺られること30分、金剛山登山口から

午後14時に登山を始めた。あいにくのみぞれ雨に打たれながら、山道を登っていると

おじいちゃんが話しかけてきた!

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(注:実際は1体です。)

 

おじいちゃんは2つのことを教えてくれた。

 

1つめは、

金剛山に登る度に登頂記念スタンプ1個が押されるカードを作れるということ。

 

「まあ若人よ、暇なら見ていきなさいよ。ふぉふぉ」と、

(防水のための)ジップロックに入った財布から取り出したカードを見せられた。

「No.230」でスタンプが1つ押してある。

1枚につき10個のスタンプが押せるようだ。。。

 

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すでに「2301回」登山したらしい。

 

聞くと初めて登ってから15年近く経っているとのことだが、

それでも年に150回以上のペース、週に3回登っている計算だ。

 

ミレニアムをとっくに越えてこのおじいちゃんもといブルースケルトンは

何を目指しているのだろう。経験値を貯め、更なる進化を遂げるのだろうか。

 

継続して何かを続ける、仕事も何か1つのことを2300回やれれば

そんじょそこらのやつには負けないだろうに。もっと短期間で難易度を上げていけば

それこそ自分のキラーカードになるはずだ。だからたとえば5年後、このおじいちゃんのように「あぁ、それならもう2300回やったよ」と言ってみたいものだ。

 

2つめは、

もう天気も悪いし暗くなるから登頂したら(いくつかスタート地点と違うこころに抜ける別ルートがあるけれど、そうじゃなくて)来た道を帰ったほうがいいよ。懐中電灯ももってないんだし。とのこと。

 

金剛山2300回登頂の、この老人の有難い助言を私は、私は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞かずに別ルートで帰りました。


確かに来た道のほうが短いし、開けてて明るいし、人通りも多いから安全でしたが、


せっかく来たのだから長くて、気が多くて暗くて、人通りがほぼないルートで帰りました。

 

やはりやればできるな。他人が何を言っても、その他人がたとえその道の経験が長い人であっても、なんとなくできそうな気がすることはできますね。

自分の頭で考えて心で決断したことで目標達成できた、これは大きな原体験となる、、、はず。

 

転職やら留学やら、自身のキャリアやらなんとなくできそうな気がすることは割と正しいのであろう。


結局、見たことない下り道をアドレナリン全開で気持ち良く走りながら、17時過ぎには下山することができました。

 

めでたしめでたし*1

 

スター熊よけ鈴 熊に金棒 02301

スター熊よけ鈴 熊に金棒 02301

 

 

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くま、日々追いつくぞ。

*1:めでたし:英語だとThey lived happily ever after。だからなんだよ

人に、自分に感動を与える仕事を目指すと幸せな件

 

幸せと原体験

皆さんは、どういうときに幸せを感じますか?

家族や彼女といるときにリラックスした心地よさを感じることもあるでしょう。

それがスポンジに身をゆだねるような幸せだとして、

鳥肌がたつような、いままでの価値観がガラガラと瓦解するような、

そんな感動をしたことがあったのでは?

 

しかも、それがもし、自分が当事者となってそんな感動を

していたとしたら、それはこの上なく貴重な経験であると僕は思うのです。

スラムダンクで、観客の赤木晴子も試合に感動してたけど、

桜木花道が試合をやってる本人で誰よりも集中して感情、感動をダイレクトに

受け止めてたんでしょう。

 

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高校のころ、課外授業で歌舞伎を見たとき、感想レポートを書きました。

それが歌舞伎座に学年を代表して送られることになりました。

先生からは、「いい文章だと思います」と一言。これが嬉しかった。

 

また、大学生のころ、アメリカに行く奨学金を申請する際、100字で自己アピールをする欄が応募用紙にあって、「友達をたくさん作りたい」というありきたりな内容を

自分なりの言葉で書きました。いまでは恥ずかしく幼稚にも思える内容です。

面接担当者の方からは、「(留学中のブログでも)その文章力に期待している部分があって採用した」との言葉を貰いました。

 

(自分の能力が他の人と比べてどうか、それは人によっては全く響かないし評価されないこともあるだろうけど。。)こんな10年近くも経って強烈に焼きついている、人生の生きるよりどころにもなっている、「原体験*1」があって、数少ない自分のなかのアイデンティティになってます。

皆さんもきっとそんな原体験があるんじゃないかな、、、

え?、ないって?まあそんなネガティブなことはいわずにね。

感動する、感動させる仕事

 

もし社会に出て自分でお金を稼いで生活していかなきゃいけない。

それはよくわかるんだけど、就活大学生~社会人になってからの、

いままでのことを振り返ってみるとさ、

仕事で「感動」させることをどっかに忘れてきてしまったと思ったんだ。

 

自分が感動させて認められてっていうのが一番気持ちよかったって身にしみてたはずなのにね。

で、そんな機会が大企業であるか、っていうとどうなのかよくわからないんだけど

そういう風な自分のなかで何を幸せに感じるかていうのをふと気づけたから、

それだけでももうけもんだなーと。

 

これを機に、自分が感動した仕事をした人を、思い出してみよう。

 

プロフェッショナル 仕事の流儀 DVD BOX X

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くまに追いつくよ。

 

 

 

*1:原体験:英語でいうと、formative experience  日本語のほうがいい語感だね。

人生これからが大事な件

はじめまして。

 

こんにちは。

26歳(この春で27歳!)の者です。

就職活動では第一志望郡の企業にはいって

社会人4年目、クリエイティブ法務の仕事をしながら、

まったり生活しております。

論理性を徹底して、かつ、楽しさを排除して、

成果物を出す仕事をしているので、

段々と鬱々してきましたよ、まったく。

 

ということでもともと天性の文才のある私は

決心したのです、このブログブームにのることを。

 

仕事がある程度回せる社会人3・4年目になってきますと

自身のキャリアを見直すことも多くなってくるのでしょう。

 

でもね。僕は、入社以来悩んでますよ。自身のキャリア選択を。

でね、つまり、入社以来悩みすぎてスキルを磨いてこなかったので、

3年経っても仕事まだまだ回せてない笑。

そんなんでね、「やっぱり向いてねえんじゃねえか」

って毎朝何回も脳内を反芻しております。

 

 

 

 

 

 

 

この壮大なる非効率性。。。

 

相変わらず変わらないですね。自分というものは。

嫌になってしまいますよ。

 

でもさ、いいんじゃないですかもう過去のことは。

本能でそういう選択をしたんでしょ。英断*1ですよそれは。

だけど後悔してるんだったら少し直したほうがいいよね。

これから。

 

で、僕は、自分の夢中になれることをできてなかったことを後悔しているわけです。

で、いまは夢中になれる「書くこと」をはじめようと思ったわけです。

 

皆さんも夢中になること、少しでも始めてみましょうよ。

 

無理した一日、疲れて寝ることの幸せさ

 

今スマホでベットに横になりながら夢中でまとめサイトやYoutubeを見ている君、

それも夢中だ!OK!時代が変わればそれが仕事になるやもしれん!

 

ただ、なんか違うなって思っている人はまあ、やめたらいいんじゃない。

なんでやっちゃいけないかかなんて説明する必要はないし、

理由をつらつら挙げる必要もないでしょう。ただ、君の本能が

「このまま行くと幸せになれねえよ!」ってサインを出している

だけでしょう。それは何の力も使ってないし、成長してないからかもしれない。

 

自分が子供のことを心配になって、勉強しなさい、っていうのも

それは自分にとって大事な子だから、成長しないと淘汰されちゃうよ、

と長期的に見て幸せになれないと思って言うわけで。

自分のことが誰よりも大事だったら、同じように大事にしなさいよっていう。

 

しかも、

部活で疲労困憊のときに泥のように眠ること、

全力で仕事して、誰よりもいい成果が出たあとのビール、

そんな少し無理してがんばったことって今日の幸せにもつながるもんでしょ。

 

これからが大事な件

 

毎日毎日、いや一瞬一瞬夢中になれることを見つけられたらそれはそれは

幸せでしょう。僕の場合、無我夢中で文章を書いて一生が終われば一片の悔いなし状態

ですよ。

 

 

 

 

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くまちゃんに、あいつに追いついてやるよぉ。

 

 

 

*1:英断:動かざること山の如し並みに動かなかったとしても英断。武田信玄ばりの英断。